鏡花水月

キョウカスイゲツ

四季の巡り

四季について

四季の循環について意識を向けるようになったのはいつからだろうと思う。

 

春は散り急ぐ桜と共に瞬く間に過ぎ

夏は日差しの強さに疲弊し

秋は冬の到来を予期し

冬は吹き荒ぶ風で身体の芯まで冷え切り、ただ堪え忍ぶうちに過ぎた

 

私にとって季節は長らく、ただ通り過ぎていくものでしかなかった。

季節に佇み、季節を知るようになったのはいつの頃からだろう。

 

特にいつの季節が好みだというのもないが、冬枯れの風景に心を打たれる。

 

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色があれば尚その対比の鮮やかさが美しいのかもしれないとも思うが、色を無くした落葉も良いと思う。

 

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「涼しさ」の感覚

以前挙げた道元の句にある「涼しさ」という感覚は、四季を知るに不可欠であると思う。慣用句としては「涼しげな顔」などといった表現で用いられる、その感覚である。

 

「涼しい」という表現は、身の丈以上にも思われる、自分の身に降り懸かった不運を、それと知りつつ愉しむというような、一歩引いた視点からの物言いである。
口語的表現に敢えて降ろしてみるとすると、それは「どうでもいい」といった風でもある。

「どうでもいい」を平たい表現として捉えると、それは自暴自棄的な要素を含むようにも思える。しかし、今私が感じるところを表現してみると、それは「どちらでも良い」という選択する意思を放棄する、或いは留保する、というような感覚であるように思う。
つまりは、自分の身に降り懸かってきたものが「幸」でも「不幸」でも、どちらでも良いという思いである。

 

そんなある「境地」に達したとも思われるような感覚を、人間が持てるのだろうか、という疑問がここに浮かぶ。

 

だが、「塞翁が馬」の故事にも例えられるように、個人が「幸」、「不幸」と判断するための思考的要素の多くは個人の経験によるものであり、個人の持つ価値観というものはその位に、数年、或いは数十年の経験に依存するような、浅く単純なものであるとも言うことができる。
眼前に広がる世界は一様ではない。

 

そうしたことから「涼しさ」という、「どちらでも良い」とも言い換えることのできるような感覚を得るために私が必要であったのは、言葉にすれば「一巡した」とも言えるような感覚的体験であった。

 

それについて掘り下げ表現することは難しい。少なくとも、今の時点では私にはできそうにない。いずれ明らかになるのかも、そうでないのかも予測できない。
ただこのような書きかけの文章を敢えて残すのは何故かというと、今後もこのことについて自問自答していくのは確かなことであり、その経緯を追って言葉にしていくことは、意味あることのように思えるからでもある。

 

春の訪れ

今はまだ梅には早い時期だが、先日訪れた松陰神社の一角に、満開に花を着けた梅の木があった。

 

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会ったこともない故人の墓前で、涙を流すのが自然となったのはいつからだろうと思う。
研究者は数十年という単位で故人の後ろ姿を追っているのだから、最近一寸数冊の本を読んだというだけで、彼の何が解るのかとーわざわざ(ということにもなるのか)墓前で泣くとはとー叱責されそうでもある。彼らを個人の経験に無理矢理絡め眺めているとすれば、申し訳ないとも思う。そうした側面があるとすれば、侮辱にも等しい行為とも言える。

 

不思議なもので、会ったこともない故人と「出会った」と感じた瞬間から、私にとって故人は故人ではない。それはきっと研究者からしてもそうなのであろうと思う。
時々会って話をしたくなるから訪ねていく。だが依然墓石を長い時間直視することはできず、自然涙で霞んで見えなくなる。「出会った」と思った瞬間から心は乱されたままで、それがいつ収束するのかもわからない。
だが、その感情の揺れが無くなる日が来るも、来ずとも、どちらでも良いと今は思っている。


足下には福寿草が咲き、沈丁花は蕾を膨らませている。
季節は確実に移り変わっていく。