鏡花水月

キョウカスイゲツ

籠の鳥を放つ(一)

「物語」の始まり

f:id:lovrl:20150626212348j:plain

 

良き指導者は「待て」が言える者だ、と何処かで目にした一文を、これまで幾度となく思い返しては、その意味するところを考え続けてきた。

 

「行け」や「行くな」の指示は理解しやすいが、「待て」という指示は何を示しているのだろう。

 

よくある物語の筋立てとして、クライマックス付近に主人公が「行け」または「行くな」の判断に迫られるシーンがあり、結末の多くはそれが英断であったと描かれる。それでも「行く(する)」のか、敢えて「行かない(しない)」のか。そうした選択をせねばならない場面は、壮大な物語の中でなくとも日常的に随所にある。そのような二項対立、二元論的な問題は「結果」として結ぶ定点をずらして眺めれば、どちらも同じ結末を辿るように思える。それでも「行った(した)」、あえて「行かなかった(しなかった)」結果の是非を個人がどのように位置づけているのかが、物語の先を歩む人間には問われているのだろう。

 

二項対立の図式は理解されやすいが、相反する二つの価値は容易に混じり合い同化してしまう。「白」と「黒」の対立は、「白」に対し「黒」が如何に間違っているのかを主張するのだが、そこには落とし穴がある。「白が黒でない」のは、「白でなければ黒なのか」といった似ているようで全く違う問題と混同されやすい。「黒でない」と「白」は主張するが、「黒くない」私は「白」であるというイコールの関係なのかどうかはまた違う問題である。「黒が黒であることを主張すれば」、「黒が黒であることを言い尽くせば」、イコールの関係として「白」であるという結論が導き出せるのか。

 

そもそも人間は正義に寄らない事を行動化の動機とすることは困難なのではないか。

 

それぞれが持つ「正義」がある。自身の正当性を主張するよりも、自身が何故それを正義だと思うのかに、もっと心を砕いてみたほうがいい。熟慮の末歩み出す一歩は真に力強く、物語はそこからでしか生まれることはない。

 

人間は「立ち止まる」ことができる。

 

このように考えていくと、「待て」ーという指示の意図するところは大きい。「何故」待つのか、「いつまで」待てばいいのか、その先どのように行動化を図っていくのか。「行く(する)」、「行かない(しない)」よりも「待つ」ことは困難であり、勇気がいるが、最も人間らしくあるとも言えるのではないか。

 

「武」からみる日本人の自然

「武士」を知らない日本人はおらず、「武士道」を耳にしたことのない日本人もいない。しかし「武士」とはどのような思想、行動の規律を持つ人間であるのかは明確にされていないばかりか、そのことを論じるのはタブーであるかのような空気を感じていた。映画などで目にする武士の姿は、「決意したことを完遂する」、「成らないのなら潔く果てる」という独特の「美学」を持つ者であるかのような、画一的で深みのない描き方をされ誤解を助長しているのではないかと思う。
しかし、現代人からみて同調できないとしてこれまでの武士の歩みを歴史から除外することは不可能である。

 

甲野善紀先生は著書「剣の精神誌」の中で以下のように述べている。

 

精錬工夫によって磨き上げられた技術を、そのまま肯定するのではなく、そういった技術を超えた、無為無心の、まったく何気ない動きこそが剣術の極意奥義である、という思想は、すでに述べてきたように無住心剣術のみならず、日本の剣術諸流のほとんどが、その根底に潜在的に持っている考え方である。表面的善悪を超え、無心の境地で剣を揮うことをめざす、このような思想があるからこそ、人間の本能が最も強く禁止している人間同士の命のやりとりを敢えて行う武士が、社会の表舞台に立ち、独特の文化を創り上げてきたのであろう。そして、それが現在の日本人の思想、志向にまで影響を及ぼしていることを考えれば、この武家の存在が、日本独特の思想や文化の形成に大きく作用したということは間違いないであろう

 

 

 

このように日本の「武」は、人間同士が命のやりとりをするという、このタブーを犯すことを、必要悪として認めるのではなく、積極的に認めるために「逆縁の出会い」や、「切腹」といった二重三重の思想と行動様式を背景として、世界的にも他に例のないような戦闘道となっていったのであろう。したがって、その実際的剣技も「殺人」ということに良心の呵責を覚えず、怯むことがないように、自分の意識を離れ、無念無想となって行うことーすなわち、自分の剣が一個人の判断による剣技ではなく、大いなる自然の働きが、自分の体を通して行われることーを目指したのであろう

 

人が人を殺めるというタブーを、その行為者である人間ー武士ーが考え抜き歩みつづけた先に、どのような未来を思い描いていたのだろうか。刀を捨てたことで、皮肉にも命のやりとりー或いは「命」とは何かということのーの現実感は喪失した。生死ー肉体の経験することの多くは、あらかじめ得た情報を頼りに事前に回避することが可能となった。このように実在感が後景に退いた現在では、武士の思想や葛藤に同調することが出来ず、表現する術がなくなったため、それを敢えて語る人の声が届きにくくなっているのではないか。

 

剣の精神誌―無住心剣術の系譜と思想 (ちくま学芸文庫)

剣の精神誌―無住心剣術の系譜と思想 (ちくま学芸文庫)

 

 


河合隼雄氏は著書「影の現象学」で、東洋と西洋の思想ついて、ロレンス・ヴァン・デル・ポスト著"A Bar of shadow"を取り上げ解説する。これは第二次世界大戦中に日本軍に捕虜となったイギリス人、ジョン・ロレンスと、日本軍曹ハラを描くフィクションであるが、著者ロレンスは日本軍の捕虜であった経験を持ち、この物語も実際的経験に即して描かれているとされている。

内容をかいつまんで記すと、捕虜であったジョン・ロレンスは、日本軍からの過酷な拷問を受けながらも、ハラ軍曹の両眼を見て「ハラは生きた神話なんだ。神話が人間の形をとって現れたものなんだ。強烈な内面のヴィジョンが具現したものなんだ。日本人を一致団結させ、彼らの思考や行動を形作り、強く左右する、彼らの無意識の奥深く潜むヴィジョンの具現なんだ」、という冷静かつ直感的理解を示す。つまり、ハラの内面を「彼自身に拷問の意志はなく、個人として生きることを拒絶し、天皇の意志に同調することにその存在意義を見いだしている」と理解する。そのような意識がハラとの間に密かな友情を育み、ロレンスは本来死刑になるはずであったが、ハラによる特赦の申請により、クリスマスに釈放される。その際ハラはロレンスに、めりーくりすます、と声をかける。


終戦後、ハラは戦犯として処刑されることになる。死刑前日に牢獄を訪ねたロレンスに対しハラは、義務として捕虜に対し正しい処遇をしてきた自身が何故処罰されるのかわからない、と疑問を口にする。ロレンスは「あなたの指揮下の牢獄にいたころ、わたしの部下が絶望しそうになると、わたしがよく言って聞かせた言葉がありますが、その言葉をあなたもご自身に言い聞かせてみることです。『負けて勝とういう道もあるのだ。敗北の中の勝利の道、これをわれわれはこれから発見しようではないか』と。多分これが、今のあなたにとってもまた、征服と勝利への道だと思うのです」と答え、ハラはそれこそが日本人の考えだとし感動する。

ーというエピソードである。

 

影の現象学 (講談社学術文庫)

影の現象学 (講談社学術文庫)

 

 

これは東洋と西洋の全く違う思想を持つ者同士の対話を成立させるには、「影の世界」ー自分と関係のない悪の世界ではなく、自分もそれを持っていることを認めねばならない世界であり、それはそれなりの輝きさえ蔵しているーへ各々が半歩踏み出すことの重要性を記したものである。また著者は終戦を境に発したハラの問いが「何故」という西洋的な合理性のあるのに対し、ロレンスの発した答えが日本的であり、価値の逆転が生じていることも指摘する。

 

この場面での生死の狭間にある対話は、命のやりとりそのものという感がある。また善悪や信念が揺らぐ様は人間的であるとも感じられる。両者が全く自身の価値観に固執し、短絡的な発想とそれに基づく行動しか採れなかったのであれば、このような深みのある対話は生じなかっただろう。

 

しかしここで気になるのは「全く日本人的な考え」として挙げられた「負けて勝つ」という考え方である。

 

この物語に描かれた日本人の軍曹であるハラは、武士という身分が解体した後の世代にあたる軍人であり武士ではない。しかしここで不思議に思うのは、武士の思想の片鱗も見あたらず、「負けて勝つ」などという思想を「全く日本人的な考え」として振りかざす価値観の転換が、武士が消えた以後どのように成されたのかということである。

 

「負けて勝つ」、つまり「大なるものへの盲目的追従」を意義あることと見なす。目的とすることに美の味付けをすれば、目的を遂げるための残虐非道な行為にも、或いは死に急ぐ偏狭さにも、結果として美の形が与えられる。美のために破れて死すことがあったとしても、有終の美を飾ることが出来る。換言すれば、正義の名の元に成される行為及び結果の全ては美しく、是認される必然を持つという狂信的観念である。

 

そこから見た世界に人間はたった一人しかいない。美しい「私」がいるだけである。他は「敵」としての第三者となる。美しく、正しい「私」には「敵」に「勝つ」ことしか許されていないからである。

 

こうした一神教的な盲目さー意識の偏りーを、寧ろ外側から眺める位置に東洋思想があり、武術の発展があったのではないか。

 

 

 

再び甲野善紀先生の著「武術を語る」から以下を引く。

 

人工・人為的な行為に対する本質的な危惧、それは東洋思想の根本でもあろう。こういった東洋的な感覚をさらに日本的な感性に結晶させたものの見方の背景には、どれほどの財を集めてみても、どれほどの権力を持ったとしても、またどれほどの奇妙不思議な”わざ”が出来たとしても、それにかかわる人間というものを本質的に追求してゆけば、どれもしょせん”むなしい”ことになる、という自覚があったのではなかろうか。

 

 

この”むなしい”という感情は、いわゆる人間的な欲を追求していっても、人間の本質的な幸福は決して満たされることはない、ということを自然が人間に教えてくれる大切な贈り物ではないか。そのことを直感的にとらえた東洋、特に日本においては、この”むなしさ”というものをテーマにした人間の行為を最高の作品に仕上げようという驚くべき試みがなされたように思う。

 

ここにある「むなしい」とは、諸行無常ということであるように思う。この「むなしさ」と真剣に向き合うのが、武術においては命のやりとりの場であったとしている。人間同士が天敵と成りうる”業”をみつめ、殺傷行為を通して人間そのものを考える機会として、武術における命のやりとりの場をとらえることができるのではないか。また刀を用いる場合の刀礼などの作法は自在に使いこなせるための必要性から生じたもので、その”必然性”から合理化された動きには「美」を感じさせるものがあるとする。

 

これらから、”A Bar of shadow”で語られた観念としての「美」は、物事の表層を繕うだけの論拠薄弱なもので、東洋思想が追求する「美」は、「場」を通しての体感的に語られた「美」に、その本質をみるのではないか。

 

 

武術を語る―身体を通しての「学び」の原点 (徳間文庫)