鏡花水月

キョウカスイゲツ

私たちが既知のものについて知る、幾何かのこと(二)

河合隼雄の語る「愛」

 

(前略)コンプレックスの解消のためには、ある程度の危険を犯しても「対決」する必要がある。ここに「対決」と言ったのは、そこに相当に感情も動くので、なまやさしいことではないことを示している。それと大切なことは、その「対決」は友人に対してなされているようでありながら、自分の心の内においてもなされていることである。

つまり、友人にその欠点を指摘しているときは、それを自分の欠点として考え直すほどの姿勢がなければならない。ただ相手をやっつけてやろうという一方的な敵対心だけでは、そこに建設的なものが生じないのである。

相手の欠点を指摘しつつ、なお、自分のほうにも目を向けている。これを「愛」と呼んではおかしいだろうか。欠点がある相手を駄目な奴だと突き離してしまうと、そこには愛が生じない。しかし、欠点を指摘するだけなら誰でもできる。その時に、自分の内面にも目が開かれていることによって、欠点を指摘しながらも、お互いの心が切れることはない。あくまでも切り捨てることなく、努力を重ねていくところに愛があると思われる。

考えてみると、相手に欠点がないように思われ、何もかもうまくゆくのだったら、その人とつきあうことは当然であり、利己的に言っても価値のあることだから、別に愛などという必要はないかもしれない。欠点のあるひとー誰しも欠点を持っているのだがーと、自分も欠点を持つ人間として関係を維持してゆく努力の中に愛があるのではないだろうか。

(日本人とアイデンティティ

 

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精神分析家でなくとも、私たちは日常的に多くの人間と接し、時には悩みを打ち明け、また打ち明けられもする。時にはそれらが遠回しに自身の非を指摘する内容でありもし、また相手を攻撃する内容を含むこともある。「対決」という言葉は厳しく、大事として受け止められるが、こうした小さな衝突は日常的によくあることである。相手をより「正しい」方向へ導こうとする「親切」は、自身の利己心が動機となっている。自分の非を認められないのは、自分の非を相手に投影しているがために生じた敵対心が間にあるからである。

 

自分とは何かーその答えのない者が、相手を「正しい」方向へ導くなどということが可能であるのか。それ以前に自分の存在を「正しい」と前提する確信はどこから生じているのか。「確信」とはそもそも何か。
・・・このように考えていくと、自分の足下にある地盤は思いの外強固なものではないことが解る。

 

私の診療を受けても治りませんよー、と、生前河合隼雄氏はおっしゃられていたそうである。そもそも「治す」とは、「治る」とはーと、相手と、その相手を診る自身との双方に対し、見えない地表に於いて厳しい姿勢で対峙おられた河合氏の語られた『愛』が、私がこれまで目にしたどの文章よりも説得力を持ち胸に響いた。

 

 

野口晴哉の語る「健康」

 

眠ることよりも起きていることに魅力を感じるよう生くること第一也
眠るも醒むるも快き呼吸つづけること全生の道也

 

溌剌と生くる者にのみ深い眠りがある
生ききった者にだけ、安らかな死がある

 

生死自然也
生ありて死あり、死ありて生あり
生死別ならず
生死ともに自然に順う
之全生の心也

 

生は苦也
死は楽也

 

生々と生くる者に苦多く、楽つづければ眠る也、
ただ生々と生くる者、苦を苦とせずそこに潜む快を身につける也

 

人に自己保存の要求あり、種族保存の要求あり、その要求凝りて、人産れ、育ち、生く

 

もとより何の為に自己保存を為すか、種族保全を為すか知らず、ただ裡の要求によって行動するのみ
人の生きんとするは人にあるに非ず、自然の生、人になり生きる也
それ故、人に目的なくも生きんとし、産まんとし、人のつくった目的が 成就しても尚生きていることあり、目的途中にでも、死する人あり、自然の生の案配、人のつくりし目的によらざる也
自然、人を通じて生く
生死、命にあり
自然に順うこと、之生の自然也

 

人の生くること、生くる為也
その生を十全に発揮し生くること人の目的也

その為、人健康を快とし、いつも快く動く、その動きの鈍れる体を重しとし、その不調の体を自づと調律し、いつも健康への道に動き続ける也

 

人の生くる目的、人にあるに非ず 自然にある也、之に順う可し。

 

順う限り、いつも溌剌として快也
健康への道、工夫によりて在るに非ず
その身の裡の要求に順つて生くるところに在る也
いつも溌剌と元気に生くるは自然也、人その為に生く
人その身を傷つけず、衰えしめず、いつも元気に全生すること人の自然也

 

全生とはもちたる力を一パイに発揮していつも溌剌を生くること也 

(全生訓)

 

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「健康に生くることが人間自然順応の姿であるということが、私の感じて来た人間の生き方であり、之だけが、人の生くる目的なのです」ーと、整体協会を設立された野口晴哉先生は語られる。医療従事者でなくとも、「健康」とは、また「生きる」とは、ということを人は誰しも生を継続させるにあたり、自覚的にも無自覚的にも考えざるを得ない。私はこれまで「全人的」という言葉の読解に悩み、また「健康」の定義も確立していないことを知り、そこで自身の立ち位置がどれほど危ういものであるかを自覚した。

 

「健康」が大事あると、誰もが知る。しかし「健康」とは何で、またどのような状態であるのかは、未だに解明されていない。種々のデータが正常範囲内にあることと、「健康」であるという実感は必ずしも相関関係にない。このことを既に私たちは「知っている」。ならば、「健康」であるという状態はいかなることを指すのか。「全人的」というが、「全き人間」とはどのような人間を、どのような人間の在り方を指すのか。未だ嘗てそのような人間は存在したのか否かー。

 

そのような自身の疑問に十分に答えてくださったと感じたのが、上記に抜粋した野口氏の「全生訓」であった。

 

その御子息である野口裕之先生の講話を拝聴していると、いつも満たされたという感覚になる。その人の人となりは、その人の扱う言葉から、どのような言葉の圏内にあるかというところからも推し図ることができるように思う。野口先生の語られる豊穣な言葉の数々を、いつも見えないが特に大切にしなければならないものを受け取るような気持ちで聴く。またそうした豊かな言葉を知り、その扱い方を知る、野口先生の世界は真に安らげるものであるような気がし、眩しく思う。

 

また野口先生から受ける実技指導からは、人間が、自身の身体すらも知らず、持て余しているのかということを思い知らされる。人が身体を持って生きているというのは「当然」の一言で済ますことはできず、寧ろ人間は自分の身体を「知り尽くした当たり前のもの」という前提を事もなく置き、知りもしない身体を「自在に扱える」と錯覚するという傲慢さが、自他相殺するような体を為しているようにも見えてくる。

 

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養老孟司の語る「自分」

 

私が解剖学を専攻いはじめたころ、こんなふうに思ったこともある。ほかの学問が、ずいぶん立派に見えた。解剖学も、そういう立派な学問と同じであってほしい。しかし、どうもあまり冴えない。古色蒼然としている。なにしろ、わが国でいえば、山脇東洋、杉田玄白である。新しいことなど、どこを押しても、出てきそうにもない。ー(中略)

 

仕方がないから、解剖学を学びながら、いったい自分のやっていることは要するに何なのだ、と考え始めた。ー(中略)

 

どうしていいかわからない。それは、あたりまえだが自分のせいである。やるべきこと、知るべきことが、解剖学というできあがった形で自分の外側に存在している。そう思っていたのがいけない。どこを探しても「解剖学」などという「実体」が、現実にころがっているわけではない。
同時に思う。目の前にある死体は、たしかに客観であり、現実である。しかし、私がなにか、そこに「意味」を見いださなければ、これはただの死体にすぎない。そうした「意味」は、誰かが親切に運んできてくれるわけではない。
私に与えられているのは、目の前の死体だけである。それを、自分はいったいどう考え、どう扱うつもりなのか。
そう考えだすと、解剖学の古い歴史に、はじめて興味が出てくる。この辛気くさい学問にも、先達は大勢いる。その人たちは、それなら、どう思っていたのか。そういう人たちが、情熱を傾けた解剖学とは、いったいどういうものだったのか。
それだけではない。私がいま、そういう学をどう続けたらいいのか。それはいったい、どこから始まるのか。こういうことを考えると、それ自身は解剖学なのか、そうではないのか。他の学問と解剖学の関係は如何。

 

けっきょく私は、解剖学によって「自分」を発見させてもらったのである。ー(後略)

(形を読む)

 

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解剖学者として歩み始めた養老氏が突き当たったのは、解剖学の客観的な科学的整合性ではなく、「自分」であった。

 

自然科学の発展が見過ごしてきたものは「自分」である。「客観主義」が誤り多き「主観」を排除し、科学は自分を隠蔽した。繰り返し可能であるという科学の原則を前面に置けば、それだけで多くの具体的事象が後景に霞む。多くの具体性を失った科学は現実を抽象化する。ー

 

養老先生の「常識を疑う」慧眼は、このような思索を経て培われてきたのだろうかと思う。「常識」に毒され、「常識」に嘲笑われるれるように感じる時、養老先生の語る言葉に多く助けられてきた。助けられた、という実感は、養老先生の言葉に触れることがなければ、今の私を形作る殆どが無いのではないか、と思うくらいである。それも養老先生が安易に「答え」のある場所に留まり安閑とすることを是としない、厳しい姿勢を貫いたがためであると思う。養老先生には絶えず、尊敬と感謝の念を持ち続けている。

 

形を読む―生物の形態をめぐって

形を読む―生物の形態をめぐって

 

 

道元の語る「葛藤」

 

葛藤とはかずらやふじである。蔓がうねうねとからまり解き難い纏繞の相を見せる。そこからもつれもめることの形容となり、ひいては争論の意に用いられる。ところで人間の見解に達せんとすれば必ずそこに争論を生ずる。すなわち思惟は必ず葛藤を生む。従って神秘的認識に執する禅宗にあっては、思惟は葛藤であるとし斥けられる。しかるに道元は、この葛藤こそ仏法を真に伝えるものだと主張するのである。彼はいう、ー釈迦の拈華瞬目がすでに葛藤の始まりである。迦葉の砕顔微笑が葛藤の相続である。師と弟子とが相続面授嗣法し行くその一切が葛藤である。地上に有限の生をうくる限り、何人も仏法究極の道理を葛藤なきまでに会得し尽くすということはあり得ない。しかし葛藤は葛藤のままに、葛藤が葛藤を纏繞しつつ、それぞれに仏法の道理を会得していく。「葛藤種子すなわち脱体の力量あるによりて、葛藤を纏繞する枝葉華果ありて回互不回互なるがゆえに、仏祖現成し公案現成するなり。」葛藤はただ葛藤を生ぜせしむべき種子である。その葛藤種子が解脱の力量を持っている。その力ゆえに葛藤を纏繞する枝や葉や花や果があって、葛藤に即し、葛藤より産出されつつ、葛藤を超脱せる境地を現ずる。そこに仏祖が現成するのである。 

(日本精神史研究)

 

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葛藤を捉えることは難しいが、葛藤を抱えつつ歩み続けることは尚難しい。「目に見える明確な事実」を重んじる向きには、個人の葛藤という見えない苦闘は無いに等しい。地表は揺らぎ、また現実も揺らぐ。一読すれば子供にすら理解される「明確な事実」は、ともすれば転落への最短距離をとる。しかし「常識」として固定された「明確な事実」を否定することは難い。社会に自身の身の置き場を確保するのに、そもそも自分自身が何者か、ということを言ってはいられない。名乗れない者に居場所は与えられない。こうしたことから、社会に向け、自身の抱える葛藤を見せるということは、それだけで偉業であると思う。本当はー理路整然とし、単純明快であるー現実を、口でいうほどに人間は信じてはいない。だが、自身が何につまづいているのか、を凝視することで、見えていなかった自身の現実が曝される。そこに自覚される苦痛から、多くは逃れたいと思う。

 

上記に抜粋した道元の語る「葛藤」からは、葛藤を抱えることに苦痛が伴う、というのもある固定観念であるのではないか、と思わされる。道元の語り口からみる葛藤は寧ろ人間の自然である。だからこれまでも私たちは、一貫した生き方を貫き通したと豪語し、自身を英雄視する人間よりも、葛藤を抱えながら歩み続ける人間から自然浮き上がる、そこに通徹した「その人自身」の在り方に共感を寄せるのではないか。思えば、ある人物が「その人」で在り続けることそのものが、最も困難なことであると共に、最も自然であるということに気づかされるのである。

 

 

※このページの表題に挙げた人名の敬称を省略致しました。